「Death Song」

アーツ・アンド・クラフツ運動の創始者として知られるウィリアム・モリスに関する資料の中に、当時の社会状況を直接的に反映した一枚の楽譜があります。「死の歌」と題されたこの楽譜は、1887年11月13日にロンドンのトラファルガー・スクェアで起きた、言論の自由擁護のデモの最中に命を落とした青年、ウルフレッド・リネルの遺児の為にモリスが書いた詩に、作曲家であるマルコム・レオナルド・ローソンが曲を付けたものです。当時モリスは近代化によって失われつつある人間の精神的な豊かさに対して、思想家、デザイナー、詩人、また社会主義運動家として警鐘を鳴らし続けていました。そして危機感を糧に、詩のみならず、テキスタイル・デザイン、ステンド・グラス等、数々の美しい作品を生み出しました。「死の歌」はモリスの最も有名な作品ではないかもしれませんが、彼の芸術と運動を結びつける一つの重要な例と言えます。

このシリーズでは「Death Song」を、作曲家の平石博一氏の協力のもとで再現、再構成し、インスタレーション作品として蘇らせます。現在日本で目にすることができる「Death Song」の楽譜は恐らく数ページに渡るうちの最初の1ページのみなのですが、限られた情報を元に平石氏に楽曲をオルゴール演奏用、コンピューター演奏用の変奏曲へと書き直してもらいました。そしてこれらの楽譜を工業用ミシンで縫い、完成した刺繍作品を、その制作過程を追った映像と共に展示します。

「一人でなく、千人でなく、全員を殺さなくてはならない。さもなければこの運動(黄昏)は終わらない。一人は全員と同義なのだから」

意訳ではありますが、上記のモリスの詩による「Death Song」のコーラスからは、社会を変えていこうとする強靭な意思を読み取ることができます。100年以上の時を経た現在はモリスの生きた時代からどのように変わったのでしょうか。またこれからどのような方向に向かうのでしょうか。資本主義の綻びが指摘され続けている今だからこそ、少しだけ歩みを緩め、モリスを始めとする近代の亡霊たちの声に耳を傾けてみたいと思うのです。 

2015年8月